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【スポーツの雑学】バスケットボールの始まり【じっくり解説】

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皆さんはバスケットボールのはじまりをご存知ですか?

 

日本でも球技・スポーツ3本の指にはいるバスケットボールですが、その歴史を知る人は多くありません

 

そんな「バスケットボールのはじまり」をご紹介します

<このテーマのザックリ紹介の記事> 
準備中

 

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目次

バスケットボールの起源

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時代は遡ること、紀元前3000年前

当時はボールの代わり石を布で包んで丸くしたものボールにして遊ぶことが流行りました

 

これがバスケットボールのウソの起源です

 

すみません、ウソです

 

バスケットボールは比較的には最近出来たスポーツです

世界でも絶大な人気ですが、スポーツの歴史からすればまだ新しいものなんです

バスケットボールのはじまり

ここからは本当の話です、信じてください

 

多くの球技に通ずることなのですが、フランスの「ラ・シュール」というスポーツが起源とされています

これがスポーツとして球技が行われた最初とされています

 

単純なルールで、ボールを相手のゴールに運ぶだけのスポーツで、それ以外にこれといったルールはありません

そういうことから、球技全般の起源とさえ言われています

 

参照

笹川スポーツ財団https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/sports/03.html

近代バスケットボールのはじまり

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バスケットボール1891年に生まれました

 

当時、アメリカのマサチューセッツ州スプリングフィールドの国際YMCAトレーニングスクール(キリスト教による学校みたいなところ)の体育部教官を勤めていたカナダ人ジェームス・ネイスミス考案しました

 

事の発端はこうです

1891年の夏、体育・スポーツのトレーナー・講師の講習会が開かれました

そこで指摘されたことは、生徒たちの屋内スポーツの意欲が低いことでした

 

当時、屋外スポーツは盛んに行われていましたが、になると雪が積もったり寒いことから屋内スポーツが行われていました

しかし、屋内スポーツの殆どは体操系のもので、普段は球技などを行っていた生徒はやる気が少なかったことが問題視されていました

 

そこで講習会で話し合いが行われ、アメリカンフットボールやサッカー、ラクロスなどの屋外で行われているスポーツを屋内競技に取り入れようと試みましたがうまくいきませんでした

そうして何度か話し合いが行われた後、「新しい競技を創るほかない!」と結論づけました

 

ネイスミスさんが考えたのは、サッカーボールを体育館のバルコニーに取り付けたバスケット(果物を入れるかご)に入れて競うというものでした

 

もうおわかりですね

これが「バスケットボール」の名前の由来です

 

参照

Wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/バスケットボール

バスケットボールの基本原則13

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出来たばかりのルールはとってもシンプルで、これは「雄鴨落とし」という的当ての遊び由来しています

雄鴨落し」はカナダのオンタリオ州ネイスミスさんが経験した遊びで、弧を描くように高く投げた石を、おいてある小石に当てるものです

このことから、初期のバスケットボールのルール出来上がりました

 

最初は13のルールが決められました

 

①ボールはサッカーボールを使用し、片手あるいは両手で、どの方向へパスしてもよい

 

②ボールは片手、あるいは両手でどの方向に叩いてもよい

ただし、こぶしでたたくのは禁止する

 

③プレーヤーはボールを保持したまま走ることはできない

また、ボールをキャッチした地点からパスしなければならない

かなりのスピードで走っている時にボールをキャッチした場合、もし、ストップしようと努力しているならば一、二歩程度は許されることもある

 

④ボールは両手で保持しなければならない

両腕やからだを用いてはならない

 

⑤どのような方法であれ、相手を小突いたり、捕まえたり、押したり、つまずかせたり、たたいたりすることは許されない

この規則の第1回目の違反は1個のファウルとする

2回違反を犯した場合は次のゴールが成功するまで退場とする

もし、故意に相手を傷つけようとするようなプレーであると見なされた場合は、ゲーム終了後まで退場とする

 

⑥第1、2、3、4条で述べたことに1回違反を犯すごとに、1個のファウルとする

 

⑦両チームのどちらかが連続して3個のファウルを犯すと、その相手チームに1ゴールを与える(「連続」とはその間に相手チームがひとつもファウルをしないという意味である)

 

⑧ボールがスローされるか、あるいは、タップされてバスケット内に入ればゴール成功である

もし、ボールがバスケットの縁に止まったり、ショットした時に相手がバスケットを動かしたりした場合もゴール成功と見なされる

 

⑨ボールがコート外に出た場合はそののちに最初にボールを保持したプレーヤーなら誰でもスローインできる

そのとき、スローアーは5秒間だけ相手チームから妨害されないでボールを保持することを許される

もし、どちらのチームのボールとなるか判定がつかないときは副審がその位置からコート内にスローインする

スローインの際に5秒間を超えるとボールは相手側に与えられる

また、スローインの際、どちらかのチームがゲームを遅らせようとした場合、副審はそのチームにファウルを宣告する

 

⑩副審はプレーヤーを審判し、ファウルを記録し、連続3回のファウルがあったときは主審にこれを知らせる

主審は第5条によってプレーヤーを失格させる権限を有する

 

⑪主審はボールをめぐるプレーを判定し、いつボールがインプレーとなるか、インバウンズとなるか、どちら側のチームにボールが与えられるのかなどを決定する

また、競技時間を計る

さらに、ゴール成功を確認し、その回数を記録する

これらに加えて、他のゲームで主審がいつも担っているような任務も務める

 

⑫競技時間は15分ハーフ制とし、5分間のハーフタイムを置く

 

⑬ゴール成功の多かったほうが勝者となる

もし、同点の場合は両チームのキャプテンの同意をもとに次のゴールが成功するまでゲームを続ける

 

現在は多くのルールが追加されていますが、13か条は殆どそのままルールとして残っています

最初からかなり完成していたスポーツだったことが伺えます

 

参照

大手町一家(https://www.basketball-ikka.net/blog-373.html

バスケットボールの最初の試合

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1891年12月21日、国際YMCAトレーニングスクールで18人の学生が9人対9人で行われたものが最初の試合です

この中に、日本の実業家の石川源三郎さんもいました

 

この試合では当初、45cm四方の箱をゴールに使用予定でしたが、当日は用意がなくて桃を入れるかご体育館のバルコニーに取り付けて行われました

このときの高さが10フィート(3.05m)で、ゴールの高さは今でも変わっていません

 

最初の試合は、荒れた試合になりました

なんせ初めてのスポーツで右も左もわかりません

 

ファールになった場合、次のゴールが決まるまでコート外で待機します

 

ゲームの序盤多くのファールが起こり、そのためにプレイヤーの半分コート外で待機していた時間もありました

 

波乱の試合とは裏腹に、プレイした生徒達はこのゲームに熱中し、観客まで現れたのです

そこには、近くの学校の女性教師たちもいて、後にチームを作ってプレイするようになるのです

 

参照

バスケットボール誕生までの経緯と最初のルールについて(https://core.ac.uk/download/pdf/70318693.pdf

ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/バスケットボール

日本でのはじまり

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バスケットボールが誕生してから17年後の1908年のこと

日本にバスケットボールがやってきました

 

YMCA訓練校を卒業した大森兵蔵という人が、東京YMCAで初めて紹介したとされています

上で紹介した「世界初の試合」に参加した石川源三郎さんの説もあるようですが、こちらは文献が見つからないことから、大森兵蔵さん定説となっています

 

その後、1913年に来日したフランクリン・H・ブラウン(F・H・Brown)京都・大阪・神戸のYMCAで指導したことがきっかけで本格的に広まりました

 

参照

コトバンクhttps://kotobank.jp/word/Brown%2CF.H.-1223905

 日本バスケットボールの危機

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後に、日本でJBLが発足し、ますますバスケットボールの人気が上がります

 

しかし、JBL興行権が各クラブに与えられないことで、チケット代がクラブチームに入らず、大企業がスポンサーについているチーム以外は経営が難しくなりました

 

そこで2005年に(新潟アルビレックスさいたまブロンコス)がJBLを脱退し、新たにbjリーグを設立しました

ということで、当時の日本には2つのリーグがありました

 

そして2006年、バスケの大きな大会の世界選手大会(今のワールドカップ)日本で開催されました

結果は、日本は1勝4敗で予選敗退し、興行も大赤字となりました

 

そういったことから、国際バスケットボール連盟日本のバスケットボールを危惧し、人気の向上や環境の改善(2つのリーグの存在)などがない場合は処分すると発表しました

 

しかし改善は思うようにいかず、2012年になっても改善されないことから日本は親善試合を含めて全ての国際試合を禁止されてしまいました

 

しかし、2015年に日本のバスケットボール界が大きく動きます

 

Jリーグ設立の立役者、日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎をチェアマンに据えて『JAPAN 2024 TASKFORCE』を設立します

そして理事会の25名を全てを辞任させ、新しい理事会をしがらみのない8人を新たに任命します

バスケットボール業界のトップがガラッと変わり国際バスケットボール連盟に処分の解消を訴えかけました

 

結果国際資格停止処分の解除国際バスケットボール連盟による支援約束されました

 

日本のバスケットボールには、そういった空白の時代があったのです

 

参照

アカツキバスケットボール(https://akatsukibasket.com/technical-language/basketball-japanhistory

まとめ

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バスケットボールは、世界的に有名で人気のあるスポーツです

サッカー・バスケ・野球と、アメリカでも日本でも3本の指に入るほどです

 

そんなバスケットボールは、歴史がまだ100年ほどしかありません

 

これからもドンドンと発展していくスポーツなのは間違いありません

歴史が浅くとも、他のスポーツ同様に、多くの人達を熱狂させ、活気づけてくれます

 

世界でも、日本でも発展してくれることを願っています

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