ラウトは、約一五メートルはなれて、毛を逆立て、イエルーンのまわりをまわる
足をふみならし、手のひらで地面をたたく
石や棒切れを、かたっぱしからひろい、投げる
イエルーンは、草むらに座り、ときどき、ラウトをすばやくちらっと見る
挑戦者が背後にきても、イエルーンは、体の向きをかえない
頭をすこし動かして、ラウトの行動を、肩ごしにさりげなく見まもる
ラウトは、ほんの数メートルのところにくることがある
そんなとき、イエルーンは、毛を逆立てて立ちあがり、数歩あるく
この短時間の対決のあいだ、両者は、おたがいをけっして見ない
ラウトが通りすぎるやいなや、イエルーンは、ただちに草むらの彼の座っていた場所にもどる
FransdeWaal,ChimpanzeePolitics(1982)(『政治をするサル──チンパンジーの権力と性』西田利貞訳)
一般的に「オスはメスより位が高い」とされています
それは若いオスが全てのメスを従えた時にオスの最下位に着くことになります
メスの中にも順位があって、その上にオスの順位が成り立っていることになります
この「順位」というのは直線的ではありません
かなり複雑な関係を持っているとわかっています
単純に順位の低いものが高いものに従うというわけでもないようです
補足
会社のように、社長の下に副社長、その下に部長、そして課長、平社員という関係ではなく、それぞれのチンパンジーの間での上下関係が別に存在するのです
「会社では課長より社長が立場が上だけど、家庭に帰った社長である夫は課長の奥さんに頭が上がらない」といった具合でしょうか?
本来はもっと複雑なようですが、わかりやすく例えるとこのようになります
ある程度研究が進んでいるのですが、野生環境での調査・研究はなおも継続が必要とされています
ちなみに、
全てのオスが
高い順位になりたいわけではなく、争いに加わらずに
ひっそりと暮らすチンパンジーもいるようです

「グルーミング」とは、俗に言う「毛繕い(けづくろい)」のことです
グルーミングは彼らの貴重なコミュニケーションの方法で、グルーミングを見れば彼らの関係がある程度わかるくらい、研究においても重要な要素になっています
グルーミングは
政治的な意図も
多く含んでいて、
統治しているチンパンジーに対してグルーミングをする
チンパンジーも
多いことがわかっています
補足
グルーミングを
たくさんのオスに
行い、そのグループでの
順位の向上に成功したチンパンジーもいるぐらいです
補足
グルーミングによって得られる恩恵は、面白いことに「グルーミングを長期間にわたって行うこと」が大部分だとわかりました
「グルーミングをする理由」が「グルーミングをする関係を維持できる」からなのです
これは「グルーミング」自体に絆を結ぶ意味合いがあって、人間で言うところの「飲みに行く」に近いことなのかもしれませんね
多くの野生動物は短期的な恩恵を得るための行動が多くなるが、チンパンジーは長期的なつながりを維持するためにグルーミングをすると言われています
自分の
順位を上げることに執着するオスの
チンパンジーは、
メスに比べてグルーミングをしたりされたりする
回数が多いということもわかっています
メスはお互いにグルーミングは滅多に行われないが、オス同士は頻繁にグルーミングし合います
もしかしたら、オスは高い順位のオスをグルーミングする機会を争っているのかもしれません

チンパンジーは従来、
血縁関係において
協力して
上の地位を目指し、
最後は
兄弟で争いを行なって
統治者を目指すと考えられていました
ですが、野外でのDNA調査の発展により、それらが絶対ではないということがわかりました
よく言われていた「同じ目的(順位を上げる)のために兄弟が共謀する」ということは、実は血縁関係になくても共謀することがわかっています
補足
実のところ、オスが順位に固執する理由は研究が進んでいる現在でも解明されていません
当初はメスとの交尾に優先権があり、子孫を残す確率が増えるからと考えられていました
しかし、順位のヒエラルキーが不安定なコミュニティでは、新入りの最低順位のオスが高い確率で交尾に成功していたということもありました
コミュニティが安定していない時、新入りは目新しさを武器にメスにアタックをしていたのです
ちなみに若いオスは自分の地位を獲得して子供を作るが、ある年齢になると子供を作らなくなります
ですが、自分の順位を上げようとする行動は、依然として変わりませんでした
このことから、地位を上げる理由が交尾の優先権を求めてというわけでもないようです
ところが、別の場所の研究では、順位が上がれば上がるほど交尾成功率が上がっているという研究結果もわかっています
結局のところ、未だにオスが順位にこだわる理由は研究途中で結論は出ていません
低い順位のオス同士が協力して統治者に挑戦する構図は、他のオスが策略で消しかけて起こるという考え方があります
ですが
チンパンジーの研究者の間で
その考えは、
チンパンジーにしては単純すぎるとも考えられているぐらい
複雑な社会が
広がっています
補足
一時期、2頭のオスが共同でコミュニティを治めて、お互いに監視し合うという例も確認されています
一方では、アルファ(統治者)が存在せずにコミュニティが数週間から数ヶ月にわたって混乱に陥ることもあります
「アルファ=統治者」といっても、その権力の大きさは常に大きいわけではなく、周りに誰がいるかによって変わることもわかっています
ゴブリン危機一髪

1990年代に
ナイジェリアのゴンベという場所で、
アルファとして君臨した
チンパンジーのゴブリンがいました
しかし、
ゴブリンは
他のアルファを狙うチンパンジーによって
下剋上が起こり、他のオスに
攻撃され、
死にそうになっていたところを発見されました
当時の研究者の判断により、彼は絶命を免れて生き延びて元のコミュニティに戻っていきました
補足
本来、研究者が自然界に手を出すことは決してありません
人間の手を少し加えただけでも、チンパンジーの社会に与える影響はとても大きいとされているからです
もちろん、「かわいそう」という個人的感情や「研究に必要なのに」とかそういった利己的な理由でも手を出すことはまずありません
今回の件に関しての理由は描かれていないが、チンパンジーを救った研究者は当然「自然界に手を出すことはタブーである」ということを十分に理解している上で判断したと思われます
ゴブリンが再びアルファになることはありませんでしたが、彼は影の実力者として確固たる地位を確立して、周りから一目置かれる賢く高い順位のオスになりました
これは多くの”元”アルファの中でも珍しいケースでした
補足
一度でもアルファになれたオスは、なれなかったオスに比べて寿命が5歳以上長いと言うことが研究でわかりました
サンプルサイズが小さいものの、統計的には優位とされるデータだった
欧米社会でもかなり似た調査結果が見られています
「社会経済的地位の高さ」と「健康・富・長寿」に強い相関性があるというデータがあるのです
まとめ

いかがだったでしょうか?
かなり絞ってご紹介しましたが、チンパンジーの知られざる生態はまだまだたくさんあります
次回もみなさんの知らないチンパンジーの生態の真実をご紹介いたします
「もっと詳しく知りたい!」
「早く知りたい!」
と思う方は、今回参考にさせていただいた書籍『新しいチンパンジー学 ―わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか?』をお読みになると幸せになれます
最新の研究をしている著者に加えて、他の研究者の調査や過去のチンパンジーの歴史なども詳細に描かれていて、チンパンジーの辞書と言ってもいいぐらいに細かくあります
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